動物も人間の欲望の犠牲に

衝撃的な画像がありますので、ご注意下さい。

今日は、ツイッターで、動物の悲しい現実を目の当たりにして、とても辛い気持ちになってしまいました。

今まで、こうした残酷な画像は見るのが辛くて避けてしまう自分がいたのですが、でも、目を背けたままでは何も変わらない、何も救えない。
現実を直視しなければ、野蛮な人間の犠牲になる命は減らないから、辛いけれどこの事実を広めるしかないと思います。








これがペット産業の悲しい現実です。
辛すぎます・・・。


この辺りではあまり見かけませんが、毛皮を着て、気取って歩いている人を見ると、心底嫌悪感が走ります。
セレブを自慢している女優さんもいますが、たくさんの命を犠牲にして自分を着飾って、それで気分がいいのでしょうか?
化粧品を開発するのにも、たくさんの動物が実験で犠牲になっています。
そこまでして、外見を綺麗にする必要なんてないと思います。


これを見て、本当に辛かった。
こんなむごい仕打ちを、あの愛くるしい顔をした動物達が受けているなんて・・・。
なぜこんな事ができるのか、私には理解できないししたくない。

それでも、なぜ?という心の中の問いかけは消える事がない。

「悪について」という本に書いてあった事。
人間から退行し、野獣に近づいている人々がいると。
血に飢えた野獣に近づいていると。

それとは別に、もう一つの悪に走る理由が書かれていました。
何かを生み出す(創出)する事のできない人間は、自分が無力である事に我慢がならず、認めたくない為、生の反対の死、創造の反対の破壊によって、無力で無能な人間から、他者の命さえも支配しうる影響力を持った存在に変わる事ができる。
そうして、人であれ動物であれ、自分以外のものを完璧に支配し、意のままに操る事で、自己の影響力=無力ではない事を確認して、喜びを感じる。
また、その様な人々は宗教などの団体に属する事で自己肯定する傾向もあるようです。
(また時間があれば一部引用して記載します。)

何とも利己的で病的な精神です。
そしてその様な人間が増殖し続けている様に、私には見えます。
自分の無力さを他者の犠牲によって補うという。
支配されるものの痛みや苦しみは、むしろ支配者たる自分の喜びであり、それなしには自己を肯定できない哀れで恐ろしい人達。

私たちが笑い、食べて寝ている間に、こんな事が繰り返されている現実。
これを見て見ぬ振りなんてできますか?
これが人間のする行為ですか?
動物にも命があり、その命は誰のものでもないのに。
自分がこの犬や猫たちだったら、一体どんな気持ちがするのか、想像する事すらできない愚かな人間、いや人間から退行して獣になろうとしている者達。






ペット産業や毛皮産業による動物虐待と同時に、集ストによってもペットや動物が被害を受けています。
集ストもペット産業も、ヤ○ザとの繋がりが深いのです。
集ストの撲滅が、動物たちの命を救うことにもなるので、この犯罪をなんとか証明したいという気持ちは強いのですが・・・。

それでも、やれるだけやるしかありません。


因みに私はできるだけ肉食を避けています。
今では、私自身はあまり口にする事はないのですが、それでも、食べる時には、食料にされる動物の事を考えてしまいます。

よく、動物の虐待と肉食の議論になりますが、できれば肉食も、いずれなくなってほしいと思っています。
肉食をしなくても十分に満足できる食材を開発する技術は可能でしょう。

軍事技術などは、一般人が知らされていないだけで、本当はものすごく進歩した、技術が既に開発されている事でしょう。
しかもそれは、一般大衆にとっては好ましくない方向で・・・。

いずれにしても、そうした技術の進化のスピードを考えれば、人間の食欲を満たし、体に害のない食材を人工的に創り出す事くらい、簡単にできるのではないでしょうか?
ただ、利権や利害があるから、開発しないだけで・・・。

逆に、そういうものを開発した企業は、賞賛の的になると思いますが、危険すぎるのかも。

とにかく、動物たちの受難に終止符が打たれる事を願ってやみません。
罪もない命を、自分たちの底なしの欲望の犠牲にするのはもう止めてください!


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