栃木ママ友虐め連続自殺事件への反応 ガールズチャンネルより

前回の記事に続き、今回はガールズチャンネルから、参考になる書き込みをいくつかピックアップしました。
途中までしか見る事が出来ていない為、また追加するかも知れません。


栃木・LINEママ友いじめ、母親連続自殺の現場で真相を追う【週刊女性】

栃木ママ友連続自殺 地元でマスコミに漏らした犯人探し開始

何か順不同になっていますが、取り急ぎこのまま公開しました。
































































girls_cnl24b.jpg
















































最後にちょっと怖い書き込みも。

街ぐるみで隠ぺい 佐野ママ友いじめ自殺事件
bakusai01.jpg


以上、栃木の虐め連続自殺事件についての反応を、掲載致しました。

この事件を調べる程に、これは子供の虐めや母親同士の虐めという単純なものではなく、様々な利権絡みのどす黒い闇が見え隠れしています。

そしてまた、この虐め事件で亡くなったお二人の方は、実は組織的なストーカー犯罪の被害者だったのではないかという疑惑が強くなる一方なのです。

正式な発表や報道がない為に余計に憶測が飛び交い、表に出て来ている確かな情報も少ない為、今後も引き続きこの事件は注視していきたいと思います。また新たな事実が判明した際には、ツイートしたり、追記すると思います。

ただ、虐めに対する批判的な意見は、決して間違ってはいないと思います。
私も心底そう思います。

いずれにしても、もうこの虐め社会は終わらせなければ、いくら立派なスローガンがあったところで、健全な社会の実現など絵に描いた餅で、表面上は健全に見えても、実はその水面下にはドロドロの欲望が渦巻き、醜い利権争いによって、罪もない人が命を落とさなければならない、何とも醜い世界が続くだけだと思います。

ですから、この事件をどうか忘れないで下さい。
風化させないで下さい。
こうした虐めによって苦しんでいる人が、今もたくさんいるのです。

集団ストーカー被害者もその一部です。
もしかしたら、虐めによる被害の大部分がそうなのかも知れません。
自分は虐めの被害を受けていると思っている方、または虐めにあっているという自覚がなくても、何となく人間関係などに違和感を感じている方も多いのではないでしょうか?

なぜか急に騒音が酷くなった。
なぜかいつも同じ人と不自然に遭遇する。
何か今までと違う。
一体何が起きているのだろう・・・。

ところがネットでそれを調べてみたら、所謂「集団ストーカー」と呼ばれている地域ぐるみ、町ぐるみの虐めだった・・、というケースは実は非常に多いのです。

そして、“弱者”を装い、“弱者”や“差別”を最大の武器にするこの虐め体質のサイコパス達は、子供を使って大人に嫌がらせを仕掛けて来ます。まさに大人が子供からのハラスメントによって蝕まれていくという逆転現象が起きているのです。

相手が子供であれば、たとえそれが犯罪であっても、抗議した側が不利になってしまうという盲点を最大限に悪用して来るのです。子供は弱く守るべきもの、大人は子供に危害を加える危険なもの、そういう固定観念でしか物事を考えない人達ばかりですから、これ程都合のいいものはありません。

嫌がらせをしてくる子供を少し見ていただけで、間違いなくこちらが不審者、危険人物になって通報されてしまうのです。

子供が嫌がらせや付きまといなんてするはずがない、殆どの人がそこで思考停止してしまうのです。狡猾な加害者達は、そうした事も計算した上で子供を使って嫌がらせをするのです。

ですが、虐めに加担する子供の目、あれは子供の目ではありません。敵意や悪意の宿る目です。私を挑発してくる子供の目や表情には子供らしさがないのです。物心つくかつかないうちから、親に教え込まれ、組織的な犯罪に加担しているのですから当然です。

今回の栃木の虐め事件でも、恐らくそういう子供が亡くなられた方の子供さんを虐め、結果としてその母親を自殺に追い込んだのではないでしょうか。

こどもを守る安心の家などと、さも自分達は無償でこの様な立派な活動をしていますとばかりに、地域ぐるみで子供達を見守っている様に装っていますが、その実態は、敵対者の監視や嫌がらせの拠点。少なくとも私の周辺ではその様に、防犯ネットワークが悪用されている事は私自身が体験している事ですから疑いようもありません。

やりすぎ防犯パトロールで検索してみて下さい。
そしてある宗教団体が深く関与している事は調べればいくらでも出て来ます。
全ては自分達の利権を守る為に・・・。

この様な状況を変えるには、この非常に見えにくいそして陰湿な犯罪と、それに加担する者達のしている事を明らかにして行くしかありません。

もちろん、誰だって報復は怖いです。場合によっては相手が暴力団であるかも知れないのです。(現に私はその様な組織によって尾行や監視をされています)

でも怖がっていたら何も解決しません。
卑怯な人間達はそこにつけ込むのです。
どうせお前らは何も言えない、言えばお前の弱みをバラすぞ。
そういう卑怯者達の使う手がこの虐めです。

しかしそれは立派な脅迫罪であり、それによって自殺に追い込んだ場合は自殺教唆であり、悪質な場合は殺人罪です。
その様な犯罪行為に対しては法的手段を取るだけです。
恐れてばかりでは何も変わらない。
皆が保身ばかりで声も上げないのなら、犯罪集団は永遠に安泰。
そして、この社会がそうしたならず者達に支配され(現にそうなっていますが)、自分の子供達が安心して生活する事もできなくなってしまいます。


色々と事情はあるでしょうが、一人ひとりが勇気を出して声を上げる、まずはそこからではないでしょうか?
私の場合は、もうここまでターゲットとして徹底して狙われてしまった以上、背水の陣ですから、声を上げるしかないのですが、どうかそういう勇気のある方が一人でも声を上げて、真相を語って頂けたら、この社会を少しは変えられるのかも知れません。

またそうしなければならないと思います。
この人達は、自分達がいい思いをする為に犠牲を必要とします。
他人の不幸という犠牲、そして何もかも奪って行きます。

そんな事をこれ以上許していいのでしょうか?
今、大人が頑張らなくてどうしますか?
守りたいものは誰にでもあると思います。

自分だけは安全な所にいて、誰かに突撃してもらって、集中攻撃の矢面に立ってもらおうという他人任せではなく・・・。
とにかく、この虐めをする人間を社会が糾弾する、そしてそれ相応の社会的制裁を受けてもらう、警察も司法も機能していないのであれば、そして癒着し腐敗しきっているのなら、もうそれしかないのではないでしょうか。


参考記事 
テクノロジー電磁波犯罪 被害忘備録様より
やりすぎ防犯パトロール

このブログ記事の中の魚拓は貴重ですね。
以下、一部抜粋して引用させて頂きます。

やりすぎ防犯パトロール、特定人物を尾行監視

全国で展開されている防犯パトロール(民間団体などによる通称「安全安心パトロール」)は、ニュースで報道されている聞こえのいい内容とは裏腹に、特定個人を尾行し監視するなど悪辣な法律逸脱行動に及んでおり、憲法違反を含む数々の重大な問題を含んでいる。

この生活安全条例は、市町村でしらみつぶしのように数多く制定され、それに伴う民間防犯団体つまり「子供110番の家」「子供老人パトロール隊」などの組織化も警察主導で行なわれている。それのみならず、その団体員に対して県警警部補が「尾行の仕方」「ごまかし方」まで教えているありさまである。こういう実態をみると、まさしく警察の下部組織の育成であり、警察国家へのまい進を思わせる。

防犯パトロールの第1の問題は、民間の警備員ですら「正当防衛」以上の権限を持ちえないのに、一般市民である人物が見える形で尾行や監視という行為をして、その対象個人へ”身辺への「圧力」”を感じさせることである。これは、端的にストーカー行為と同じである。それが、集団で行なわれている。

被害者らはこれを「集団ストーカー」と呼び習わしている。これは、どうみてもプライバシーの侵害であり、個人の文化的生活を保障した憲法への違反ではないか。

防犯パトロールの違法行為は尾行や監視にとどまらない。
たとえば、対象個人が生活に必要な物資を購入するために店舗に入ると、そこの店員に防犯パトロールの要員が警戒するように「密告」して歩く。そのまま信じた店員は対象人物をあたかも「万引き犯罪者」のごとくひそかに、あるいはあからさまに尾行して付いて来る。

そういう行為をされた個人の心象はいかばかりだろう。これは、プラバシーの侵害以上に、弾圧のである。防犯パトロールの問題性は、その団体の「警察の下部組織化」という現在の施策に、そもそも問題の芽を含んでいるのである。

なぜなら、防犯パトロールへの警戒対象人物への情報は、そもそも警察サイドからのもので検証されていない。それが恣意的だったら、どうだろう。政治的にであれ、現場の警察官の私的な感情にもとづくものであれ、そういう悪意の情報が紛れ込む余地は十分ある。

それに、防犯パトロールを担当する民間人とて、差別感や偏見と無縁ではいられない。その感情を利用する形で、個人情報が流され、警戒という尾行・監視あるいはスパイという行動が取られるとしたら、それはまさに「警察国家」である。

防犯パトロールを動員しての尾行・監視ばかりではない。
その活動に加えて、警察の生活安全課が地元のライフライン企業と「防犯協力覚え書」という形の協定書を取り付け回っている。宅配便や市役所、電話会社などもそうであり、たいてい子供パトロールとして登録されステッカーを配布している。また、さらに警察は、青色回転灯なる擬似赤色灯をその企業らに使用許可を出し、その登録数の増加を達成目標に掲げている。

たとえば病院。警察と病院の覚え書によって、警察は容易に病院という本来病気治癒という場所を監視の場所に変えてしまう。防犯パトロールの要員が、患者へのボランティアという偽装の形で病院に入り込むのみならず、病院職員自身たとえば看護師が入院病室の対象人物のそばで付きっきりで会話の立ち聞きをするのは日常茶飯事である。

日常的に展開されるこれらの人権侵害は、すでに「警察国家」の域に達している。一般市民の人権意識は低く、まさかという反応と対応を示す。しかし、じっさいやられていることなのだ。

戦前の状況の経験や知識のある人は、気づくに違いない。戦前の自警団・隣組に似ている、と。かつての市民は、異議を唱える自立心と勇気をもたなかった。それゆえ、関東大震災において他民族への殺戮が行なわれたし、鉱山労働の逃亡者へ鎌で追うようなこともした。今の防犯活動の状況は、まさしくこれを彷彿とさせるものである。

全体状況を見回してみれば、いくら防犯といっても、これはやりすぎだ、ということに尽きる。防犯パトロールはなかば小権力化しており、「お上」の威光をかさに来て振る舞っているようにみえるし、このボランティア活動に、ある特定の政治的団体が関与して容易に入り込み、権力化するという流れも疑われている。

宮城で問題となったように、もし情報非公開とされている報償費がこれらの防犯パトロールに使われているとしたら、それは経済的にもバックアップされることであり、児童虐待通知義務法も検討される昨今、市民は否が応にも「密告社会」に巻き込まれることになる。

(記者:森山つきた)





関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する